2026年6月14日

 このところ仕事をしていないときはずっと畑にいる。畑というか、庭先のちいさな花壇とそのまわりにプランターを並べて野菜を栽培しているのだが、「畑」とか「農園」と呼んでいる。あと、水耕栽培もいろいろはじめているが家のなかだとやはり光が足りないらしく育ちが悪い。同じ時期に種をまいたサンチュを比べてみると、外に置いてあるほうがすくすく育っている。倍ぐらいちがう。

 家庭菜園を本格的にはじめたのは今年からなのだが、これまでにもてきとうに種をまいて、てきとうになんやかや育ててということをくりかえしてきた。ハンパな知識でなんとなくてきとうにやってただけなので、いつも失敗し、ぜんぜんうまく育てられなくてそのたびに投げ出してきた。

 どうして急に本気を出しはじめたかというと、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃がはじまったばかりのころ、食糧危機がなんだとかSNSで騒がれ出して、巨大な不安に落とされたからだった。

 それで、フュリオサのような気持ちで種を集めはじめた。もともと家にあった固定種をまいたりもしたが、何年も持ち越してるのでやはり発芽率が悪く、ダイソーの種が安くて量も少ないから家庭菜園向きというのを聞きつけて買いに走った。

 これまではエシカルな観点から100円ショップはできるだけ使わないようにしていたのだが、家庭菜園をはじめてからというものダイソーに日参している。ダイソーで売っている豆苗プランターというのがとにかくよくて行くたびに買ってしまう。コロナ後、あんなにも脱プラに命をかけていたのはいったいなんだったんだろう。むしろ、いまのうちに買っておかないと二度とプラスチック製品が買えなくなるかもしれないという危機感から、必死こいて買い急いでいるようなところがある。


 今年に入ってから(もしかしたらずっと前からはじまっていたのかもしれないが)ちょっと信じられないようなスピードで世界が悪くなっているのに、こんなことぐらいしかできないのかと途方に暮れている。

 こんなふうに世界は終わるんだな。想像していた「終末」とはぜんぜんちがう。まさに「ドント・ルック・アップ」の世界じゃないか。

 Xは不安をあおるような言説が飛びかうようになり、しんどくてなかなか見られなくなってしまった。そうかといってインスタはインスタで、金をむしり取ろうとあちこちから消費を煽るようなリールが流れてくる。どっちもしんどい。土や植物と向きあっていると、そうした世の流れから遮断され、とても落ち着く。いまや私の心を乱すものは虫やなめくじだけである。

 ネットフリックスのドラマ「誰だって無価値な自分と闘っている(모두가 자신의 무가치함과 싸우고 있다)」でク・ギョファン演じる主人公が、「おまえはいったいどうなりたいんだ?」とたずねられ、「不安じゃなくなりたい」と答えるシーンがあった。ほんとうにそうだと思った。私も不安じゃなくなりたい。早く不安じゃなくなりたい。だれも不安にさせたくない。そのためにはどうしたらいいんだろうということを、このごろよく考える。


 日記をはじめようと思ったのは、SNSから距離を置きたいというのもあるが、もうひとつ、アウトプットの場所がほしかったからだ。

 脳内多動の傾向のある私は、頭のなかがいつもぱんぱんでうるさいのである。四年続いた中日新聞のコラム連載が終わり、「小説丸」でやっていた読書エッセイも終わってしまったので、思考(ってそんなたいそうなものじゃないが)を整理する場所が必要だった。そんな折に、土門蘭さんの『ほんとうのことを書く練習』を読んで、「そうだ、日記書こ」となったのである。

 あと、字数制限のないエッセイを書きはじめると、ほんとうにだらだらだらだら思ったことを書けるだけ書いてしまうのだが、頭のなかのぱんぱんをそのまま吐き出すからそうなってしまうのではないかと疑っている。もうちょっと整理してすっきりしたものを成果物として出したいのに、だらしないかんじになってしまうのがいやというか、申し訳ないというか。どれだけボリュームがあろうと、肥料でぶくぶく水増しされた野菜のような文章だと感じるのだ。なんの栄養もなければ、味気もない――ってすでにこの文章がそういうものになりつつあるのだが、こういう文章はこういう文章で、またちがったよさがあることもわかってはいる。きゅうりとか、栄養ないけど食べるし育てるじゃん(今日、二本目のきゅうりを収穫しました)(きゅうりに味気はあるかもしれない)。


 それと、指向性のない文章を書きたいっていうか、これまで指向性のある文章しか書いてこなかったので、だれに向けるでもない、金になるでもない、自分のための文章を書きたいなと思ったのである(と、書いておきながらこの一文には指向性が生じてしまっている)。

 近頃、日記がブームというのもそういうことなんじゃないかと思う。みんな指向性とか編集とか加工とか倍速視聴とかそういうものに疲れてしまっているのではないか。あと日記がブームといっても、書くのが流行ってるだけで他人の日記を読むのは別に流行ってない気がするけどそんなことはないんだろうか。

コメント

このブログの人気の投稿

2026年6月10日

新刊「裸足でかけてくおかしな妻さん」出るよ!

2026年6月11日