2026年06月18日
週に三度も打ち合わせが入る。そのうちの二度はオンラインとはいえ、週に三回も打ち合わせが入ることなどめったにないので、なんか「仕事している!」という気持ちになる。いや、人と会わないときのほうがむしろ仕事はしているのだが。 以前は名古屋まで編集者がやってきて、名駅でランチや夕飯などをよくしていたのだが、いくら会社が負担してくれるとはいえ往復の新幹線代とかもったいないし、編集者の時間だって有限ではないしなと思うようになり、最近は「なにかのついでで名古屋に寄るからお茶でも」というお誘いしか受けないようにしている。 そうなると、「なにかのついで」と作家に告げるのを失礼だと思うタイプの編集者とは永遠に会えないことになるが、私のことを「なにかのついで」と言われて怒るような作家だと思ってるわけ!?となんとなく気に入らないので、そういう人には会えないなら会えないでまあいいだろう――私がこういうことを書くと、「冗談だと取らない人もいるからやめたほうがいい」みたいなことを言ってくる編集者がいるが、それはおまえが冗談だと取っていないだけの話ではないのか?!と思うので、どちらにせよめんどくさい作家であることに変わりはない。 扱いやすく、親しみやすく、めったなことで怒らない作家でいることに全キャリアを注いできたが、さすがにデビュー20年を超え、もうそういうのはやめることにした。言いたいことはちゃんと言い、だめなことはだめだと言う。引っかかりをおぼえながら仕事をするより、そのほうが気持ちがいいし、それで少しでも出版業界の風通しがよくなるのであれば、これからデビューする作家のためにもなるだろうと思い、最近そのようにしている。 しかし、これがまあ、ほんとうに毎回と言っていいほど揉めるのである。揉めるというか、一方的に私がなんやかや編集者に言う形になるのだが。間違ったことを言っているつもりはないし、真摯に対応してもらってもいるが、我儘だとかめんどくさい作家だと思われているんだろうなあと思うと、それはそれで気が滅入る。 それでなくとも私は自分に甘く、自分を正当化するのが得意なので、もしやこれはただの老化現象なのでは? なんでもかんでも自分の思うとおりにしないと気がすまなくなってるだけなのでは? と心配になったりもするのだが、さすがに「初版十万部刷れ」とか、「原稿料前借りさせろ」とか...