新刊「裸足でかけてくおかしな妻さん」出るよ!
「小説新潮」で一年半連載していた「裸足でかけてくおかしな妻さん」が本になりました。
できれば去年のうちに出したかったのですが、なんせこれまで最長の連載期間で、調子に乗って800枚以上も書いちゃったものだから、「このままじゃ本の値段が相当高くなってしまう」「だれが買うんだそんなもの」と担当氏に脅され提言されて200枚削ったあと、「まだここも削れる」だの、「ここはもうちょっとどうにかならんか」だの、書籍の担当に加え、連載時の担当と文庫の担当までやってきて、三人がかりでよってたかって力をあわせてエンピツを入れられ、ぴえぴえ言いながら改稿していました。
いやしかし、編集者の言いなりで指示通りぜい肉をそぎ落としていけばいくほど小説がどんどん磨かれていくのがわかって、なんかほんとうにむしゃくしゃ感動した。だってほんと改稿前はもっさりしたダサい子だったのを、その道の賢者たちが大改造ビフォーアフターで清潔感のあるイケてる女にしてくれたんだよ。ひどくない?この辱めをどうしてくれるの!!だよ。よってたかって傷をあぶりだし埃を叩いてくれたおかげでこんないい小説になりました。ありがとね!!!!
お嫁さん養成ギプスなんか嚙みきってやる――私たちの奇妙な生活の行き先は
肝心の内容は、担当氏が考えてくれたこの一行につきる。
ヘル日本で生きているとなんかしらんまにつけられてませんか、お嫁さん養成ギプス。自分でもいやだいやだと思いながら、ふとした折に顔を出すのがお嫁さん養成ギプス。物心ついたころから手足に重りがつけられていて、外したつもりでいてもいつのまにかまたついていたりするあれですよ。フェミニズムの本を貪るように読んで意識を改革したつもりでいても、何度でもまた装着しているあれ。もしかしたら最近の若い人はそうでもないのかもしれないが、昭和生まれの保守的な地方で生まれ育った私にとってはまだまだ根深い問題で、だからその手の因習とか規範とかに囚われている人を書きたい気持ちがある。そうすることでだれかを解放したいし自分も解放されたいんだと思う。お嫁さん養成ギプスなんて嚙みきってやりたいよ。ねえ、そうだよね?
物語は、人気小説家の「先生」の子どもを妊娠した楓が、その妻・野ゆりと岐阜の田舎で共同生活をするところからはじまります。楓と野ゆりには、ぜひ小説で出会ってほしいのでここでは触れませんが、この「先生」がほんとにチャラくてうざくて、かわいげのあるイモータンジョーみたいなつもりで書いていたのに、新潮社の三人のうち、それをわかってくれるのは連載時の担当だけでした。でもかわいげのあるイモータンジョーなんてほんとはだめなんだよ。クソ野郎なんだよそんなの。
「好きな人ができたから、三人でいっしょに暮らしたい」
愛する人から突然そんなことを言われたらどうするだろう。
愛人と妻――対立する二人の女を分断するものはなんなのか、それはほんとうに「対立」なんだろうか。そもそもどうして結婚は一対一でしなくちゃいけないの? 結婚と恋愛と生殖を一人の相手と遂行しなきゃいけないなんて無理じゃない?
愛する人から突然そんなことを言われたらどうするだろう。
愛人と妻――対立する二人の女を分断するものはなんなのか、それはほんとうに「対立」なんだろうか。そもそもどうして結婚は一対一でしなくちゃいけないの? 結婚と恋愛と生殖を一人の相手と遂行しなきゃいけないなんて無理じゃない?
とまあ、そんなことを考えながら書いた小説でもあるのですが、去年「光る君へ」がやっていたこともあって(ドラマは途中で脱落しちゃったけど)書いているあいだずっと「源氏物語」のことを考えていた。千年も前から人間はおんなじことしてたんだなあ……というか、おんなじ問題意識を持っていた紫式部がすごいってことなのか。
まあひとまず、新刊出るから読んでみてよってことです。600枚とまあまあ長いけど、「源氏物語」よりは長くないし、200枚もがんばって削って、ほんとうに洗練されたべっぴんさんになったから体感二分ぐらいで読めるはず。損はさせないのでどうぞよろしくお願いします。
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